ニュースリリース

IARCによるDEHPの発がん性分類変更について

ヒトの発がん性の可能性を示唆する新たなデータはない
(これまでと状況は変わっていない)
2011年6月10日
可塑剤工業会
spacer24  IARC(国際がん研究機関)は本年2月の会議で、DEHPの発がん性評価の分類を従来のGroup 3(ヒトに対する発がん性について分類できない)からGroup 2B(ヒトに対して発がん性の可能性がある)に変更しました(a)。
 今回のIARCの発がん性再評価は、げっ歯類における発がんのメカニズムとヒトの疫学研究から得られる結果を解釈する上での疑問を解明するため、更なる調査研究を促すものであり、それらの観点からDEHPは優先度の高い20物質とともに見直しされたものです。DEHPが、ヒトに発がん性があるとの新たな証拠が見つかったからではありません。 現時点でのJPIAの推定では、PPARαが関与する発がんのメカニズム(げっ歯類に固有)に依らない腫瘍として、1)肝細胞腫瘍(b) 2)精巣間細胞腫瘍(c) 3)膵臓腺房の腺腫(d)、の3種類の腫瘍がありうることが指摘され、これはヒトにも演繹できるのではないか、との主張が分類変更に反映されたように思われます。
ここで述べられた3種類の腫瘍に対するJPIAの見解をそれぞれ要約すると、以下の通りです。(なお、見解の詳細については、別紙をご参照ください。)

1) 発がん性試験のガイドライン(米国 EPA)に従うと、マウス(雄)を対象としたIto, et al. (2008等)等の論文からは発がん性があるとは判定できない。
2) 精巣間細胞腫瘍増加の根拠となっているVoss等の試験における投与量は300 mg/kgと高く、しかも、ヒトにおける老齢期の精巣間細胞腫瘍(leydig cell tumor)が、健康に影響があるかどうか(単なる支持細胞の増殖)は学術上疑問視されている。
3) 膵臓腺房細胞は消化酵素のリパーゼを産生する細胞で、脂肪を与えすぎるとその消化のため、オーバーロードになり腺腫(adenoma)が生じたもので、これは悪性腫瘍ではない。VossのデータではDEHPの投与によりむしろ減少している。
 
 今回のIARCによる分類変更で推定される論拠について、JPIAでは、上述のように根拠の乏しいものと捉えており、従来から主張して参りましたようにDEHPの発癌性には種差が有り、PPARα誘発によるげっ歯類特有の現象で、DEHPのヒトへの発がん性が新たに見出されたというものでは全くないとの見解であります。しかも、これらの情報を危険性の評価にそのまま用いるのに充分な検証ができているわけではありません。従いまして、皆様におかれましても、従来同様にご認識頂きますようお願い申し上げます。

 

以上

 

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1)肝細胞腫瘍
これに関してはこれまでも、ヒトに演繹できるものではないことを説明してまいりました。 これまで、げっ歯類にDEHPを投与すると肝臓に腫瘍が発生するとの報告があり、その発がんはペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α(PPARα)を介するメカニズムによるものとされ、PPARαはヒトには関与しないと結論付けていました(2000年)が、その後、発がん性に関するいくつかの証拠が暗示されてきました。その代表例が、Wild-typeマウス(通常のマウス)とPPARα-null-typeマウス(PPARαを持たないマウス;遺伝子組み換えマウス)にDEHPを投与したところ、PPARα-null-typeマウスの方が雄の肝臓の腫瘍発生率が高いケースがみられた、とする論文(Ito, et al., 2008等)です。この結果から、マウスの雄におけるDEHPによる発がんはPPARαを介しないメカニズムであることが推察されますが、本論文については以下の疑問点が認められます。
マウスの雄は特に肝臓にがんの感受性が高く、自然発生のがんを含め、がんを発生しやすい傾向があります。そのため、変異原性が認められず、マウスの雄の肝臓に腫瘍が発生するだけでは発がん性があるとの根拠に成り得ないと言われています*。発がん性試験のガイドラインに従い、雌のマウスあるいは雌雄のラットにおいて同様のデータが確認されない限り、このような実験結果のみで発がん性を議論することは不十分である。事実、雄でみられた変化は統計的に有意差はなく、雌ではがんの発生が認められていない。
* US EPA’s revised Guidelines for Carcinogen Risk Assessment
2)精巣間細胞腫瘍
Voss等が2005年に発表したSD系のラットを用いた生涯試験の結果を、評価文書(monograph)に取り込むべきとの提案です。
精巣間細胞とは、精巣の機能を果たしているSertori cellの間を埋める支持細胞です。これまで発がん試験に用いられたF344系のラットでは生後2年間の雄には100%近くに精巣間細胞腫瘍がみられたものです。Voss等はSD系のラットを生涯試験で検討し、「標準的な発がん試験が終わる後から」の現象を取り上げています。(ある発がん性の判断基準によれば、標準的な期間の後で発現した証拠を取り上げることはかまわないとされています。)その結果750~950日まで生存した動物では精巣間細胞の腫瘍が300mg/kgの投与群で増えていることを見出しました。950日はほぼ半数が寿命を終え、老化が進んだ状態です。このような状態における腫瘍の増加が意味のあることかどうかは議論の的になることです。
他のPPARα誘発剤もこのような精巣腫瘍を誘発するので驚くようなことではないが、DEHPはステロイドホルモンの産生に影響があるので、他のPPARα誘発剤と同一視することはできないとVoss等は主張しています。ステロイドホルモンの産生に影響があるので、DEHPが癌の産生に影響する可能性があるとの主張は全くのspeculationで非論理的です。首肯できません。
最も重視すべき点は用量相関性です。95mg/kgの投与量では全く精巣間細胞の腫瘍は増えていません。次の着目点は老齢期の精巣間細胞の腫瘍はヒトの健康に影響があるかどうかであり、疑問視されるところです。
3)膵臓腺房の腺腫、
この変化は、脂肪代謝に密接に関連しています。たとえば、毒性試験に用いられるコーンオイルなど(多量に用いられる)でも多発します。もともと消化酵素のリパーゼを産生する細胞で、脂肪を与えすぎるとその消化のため、オーバーロードになり腺腫(adenoma)が出てくるもので、悪性腫瘍ではありません。DEHP→MEHPの代謝はリパーゼを使いますから、大量のDEHPの投与で腺腫が出てくるのは当然です。
前記2)と同様、最も着目すべきは用量相関性です。このような非変異原性の腫瘍の発現には、無作用量があります。事実、VossのデータではDEHPの投与量との相関はありません。
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(a)Grosse Y et al. Carcinogenicity of chemicals in industrial and consumer products, food contaminants and flavourings, and water chlorination byproducts. Lancet Oncology 112: 328-329(2011)
(b) Yuki Ito et al. Different mechanisms of DEHP-induced Hepatocellular Adenoma Tumorigenesis in Wild-type and PPARα-null mice J. of Occup. Health 2008; 50: 169-180、その他
(c)Cristina Voss et al. Lifelong exposure to di-(2-ethylhexyl)-phthalate induces tumors in liver and testes of Sprague-Dawley rats Toxicology 206(2005) 359-371
(d)Raymond M David et al. Chronic toxicity of Di(2-ethylhexyl)phthalate in rats Toxicological sciences 55, 433-443 (2000)